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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)11591号 判決

原告

甲野太郎(仮名)

被告

寺田洋子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金六六五万三六六〇円及び内金六〇五万三六六〇円に対する昭和六一年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

被告は、昭和六一年五月二七日午前六時三〇分ころ、普通乗用自動車(大阪五三ほ九一〇二号、以下「被告車」という。)を運転して大阪府摂津市千里丘五丁目五番五号先の南北に走る道路を北から南に進行し、右道路の南端に接して東西に走る道路とが交差する丁字路交差点を左折して東西道路を東進しようとした際、東西道路を原動機付自転車(摂津市か七五一〇号、以下「原告車」という。)に乗つて東進してきて右交差点を通過しようとした原告に自車を衝突させた(以下「本件事故」という。)

2  責任

被告は、南北道路を南進してきて本件交差点を左折するに当たり、南北道路から東西道路に対する見通しが悪かつたのであるから、交差点手前で一時停止又は徐行して右方の安全を確認したうえで左折し、東西道路を東進してくる車両等との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものである。しかるに、被告は、これを怠り、一時停止又は徐行をせず、右方の安全不確認のまま時速約一〇キロメートルの速度で左折しようとした過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた後記損害を賠償する責任がある。

また、被告は、本件事故当時被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて生じた後記人的損害を賠償する責任がある。

3  原告の受傷、治療経過

原告は、本件事故により右臀部打撲、左足関節打撲捻挫、胸部打撲、頸椎捻挫の傷害を受け、昭和六一年五月二七日から同月三一日まで昭和外科病院に通院(実日数二日)、同月二八日末原外科病院に通院、同月二九日同病院に入院、同日から同年八月一〇日まで(七四日)田中病院に入院、同月一一日から昭和六二年八月一三日まで同病院に通院(実日数二七三日)して治療を受けた。

4  損害

(一) 治療費 金三八三万三六八〇円

原告は、昭和外科病院に対する治療費として金三万九六八〇円、末原外科病院に対する治療費として金五万七二八〇円、田中病院に対する治療費として金三七三万六七二〇円を要した。

(二) 入院雑費 金九万六二〇〇円

原告は、前記七四日間の入院中、一日当たり金一三〇〇円、合計九万六二〇〇円の雑費を要した。

(三) 通院交通費 金六万七七六〇円

原告は、前記通院に当たり、金六万七七六〇円のタクシー代を要した。

(四) 休業損害 金一三二万九八二〇円

原告は、本件事故当時、「甲田商店」の屋号で織物業を営み、昭和六一年一月から同年四月までの四か月間に金八〇万二六七〇円(一か月平均二〇万〇六六七円)の売上があつた。しかるに、原告は、本件事故による傷害のため、昭和六一年五月二七日から同年一〇月末日までは休業せざるを得ず、同年一一月から昭和六二年八月中旬ころまで半休業の状態となり、金一三二万九八二〇円の損害を被った。

(五) 慰謝料 金一八〇万円

原告が本件事故により被つた精神的、肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は、金一八〇万円が相当である。

(六) 物損 金一二万六二〇〇円

原告は、本件事故によりその所有にかかる原告車を損壊され、その買替費用として金一二万六二〇〇円を要した。

(七) 弁護士費用 金六〇万円

原告は、本訴の提起及び追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、その費用及び報酬として金六〇万円の支払を約した。

5  損害の填補

原告は、被告車の自動車損害賠償責任保険から金一二〇万円の保険金の支払を受けた。

6  結論

よつて、原告は被告に対し、4(一)ないし(六)の合計額から5の既払額を控除し、これに4(七)の弁護士費用を加えた金六六五万三六六〇円の損害賠償金及び弁護士費用を除く内金六〇五万三六六〇円に対する不法行為の日である昭和六一年五月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が本件事故当時被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。本件事故は、追突事故ではなく、原告は衝突前被告車の進行状況から接触の危険を感じ、ハンドルを右に切ると同時にブレーキをかけて身構えており、被告車の真中付近が原告車の荷台付近に当つて原告は原告車もろとも転倒し、左足や右臀部等を打つたものであつて、原告には、頭部・頸部・胸部の打撲もないし、頸部の過伸展・過屈曲もなかつた(なお、原告の昭和外科病院の診断書中には、胸部打撲の傷病名の記載されたものもあるが、他の診断書及びカルテにはその記載はなく、胸部のレントゲン撮影をした関係上記載されたものにすぎず、胸部打撲はなかつたものである。)。また、本件事故当時被告車は時速約一〇キロメートルでゆつくり左折しようとしていたものであるし、本件事故直後原告に意識障害はなく、原告は本件事故の一〇年前から耳鳴を訴えて原医院に通院治療中であつた。しかるに、原告は、本件事故当時の被告車の時速が五〇キロメートル以上であるとか、本件事故直後意識障害があつたとか、その症状のすべてが本件事故によつて生じたものであるとか虚偽の供述をしている。そもそも、原告の症状は、自覚症状だけで、これを裏付けるに足りる他覚的所見はなく、その訴える症状はなかつたものであり、仮にあつたとしても、それは、原告が本件事故前からかかつていた自律神経失調症によるものであるか、又は専ら原告自身の心因的要素により生じたものにすぎない。すなわち、昭和外科病院は、原告に右臀部打撲、右足関節打撲・捻挫と診断し、昭和六一年五月二九日には圧迫感、次第に手のしびれが出現したと原告が訴え、興奮状態で過呼吸であつたので、セルシン(精神安定剤)を投与したところ、軽快したので、過換気症候群と診断している。また、末原外科病院は、原告が不眠、呼吸困難、四肢のしびれ、頸部・腰部痛、嘔気、動悸を訴えていたことから、自律神経失調症を疑いつつも、何らの根拠もなく外傷性頸部症候群、腰部捻挫、右臀部打撲、左下腿打撲挫傷と診断しているが、スパーリング・ジヤクソン・イートン等の神経学的な諸検査は全く行われていない。更に、田中病院は、原告に首・肩の硬直、両手のしびれ、振戦、耳鳴のあつたことから直ちに頸椎捻挫と診断し、これをもとに長期にわたり漫然と治療を行い、原告の希望に応じて入退院を決しているが、原告のカルテ上、頸椎捻挫を認定できるような所見はなく(レントゲン検査、CTスキヤン、脳波検査、上肢腱反射、両上肢の萎縮・運動制限異常なし、神経根刺激症状プラスマイナス)、むしろ、自律神経失調症を疑うべき多くの事情が存在した。原告の同病院におけるカルテ、看護記録には、頻脈、両手のしびれの訴え、夜中に呼吸困難出現、終始神経痛の訴え血圧低下に対する不安あり、不眠を訴えての数回の転室などの記載があり、同病院の医師及びその紹介により原告を診断したかわらざき病院の医師は原告が神経質すぎると指摘しており、田中病院は、頸椎捻挫と診断しておきながら、セルシン(精神安定剤)、ドグマチール(精神情動安定剤)、グランダキシン(自律神経調整剤)、レスミツト(精神安定剤)の投与を続けている。そして、同病院では、頸椎・腰椎の牽引、低周波治療、点滴といつた治療を長期間継続しているが、その効果はほとんどなかつた。のみならず、原告は、訴外山本新三と共謀のうえ、後遺障害診断書、確定申告書を偽造し、これを行使して保険金請求をし、強制捜査を受けるや、自己の勤務先の訴外谷山正一に口裏を合わせてくれるよう工作したり、訴外山本とともに大川弁護士を詐称して被告の勤務先を訪れたりしている。また、原告は、訴外山本と共謀のうえ、原告が田中病院に金三〇万円の治療費を支払つたかの如き内容虚偽の診療報酬明細書を作成し、これを本訴において書証として提出したりもしている。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故現場は前記のように見通しの悪い丁字路交差点であつたところ、原告は、徐行も左前方を左折しようとしている被告車の安全確認もせず、自己が先に右交差点を通過できるものと考えて時速約二〇キロメートルのまま東西道路を東進しようとして本件事故を発生させたものであるから、被害者である原告にも過失があり、これを斟酌して、原告の損害額を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の書証及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  責任

被告が本件事故当時被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任がある。

また、被告は、前記のとおり南北道路を南進してきて本件交差点を左折しようとしたものであるところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の五、被告主張どおりの写真であることに争いのない検甲第一ないし第八号証によれば、南北道路から東西道路に対する見通しが悪いことが認められるので、交差点手前で一時停止又は徐行して右方の安全を確認したうえで左折し、東西道路を東進してくる車両等との衝突を未然に防止すべき注意義務があつたものというべきである。しかるところ、前掲甲第二号証の五、検甲第一ないし第八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の六、七、被告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、被告は、本件交差点の約一〇メートル北方の南北道路西側に接する自宅から被告車(長さ三・九五メートル、幅一・六三メートル)を運転して幅員三・一メートルの南北道路に出、これを南進して本件交差点の約四・四メートル手前で一時停止したのち、更に時速約一〇キロメートルの速度で南北道路を南進してそのまま本件交差点を左折しようとしたこと、被告は、本件交差点を左折するに当たり、左方道路の柵に気を取られていたため、自車前部を東西道路に進入させた時点で、幅員四・二メートルの東西道路中央付近を東進してきた原告車を右前方約一・九メートルの地点に初めて発見し、左にハンドルを切るとともにブレーキをかけたが、間に合わず、約一・八メートル前進した本件交差点内(東西道路の南端から二・一メートルの地点)で原告車の左側面後部に自車前部を衝突させたこと、原告は、時速約二〇キロメートルの速度で自車を運転し、東西道路左(北)側を東進していたところ、南北道路から本件交差点に進入してきた被告車を発見し、ハンドルを右に切るとともにブレーキをかけたが、間に合わず、被告車に自車を衝突させ、自車もろともアスフアルト舗装の路上に転倒し、左足や右臀部等を打つたことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は、右の各証拠に照らし採用することができず、また右認定に反する被告車の速度は時速五〇キロメートルであつたとする原告本人尋問の結果は、その主張にも反し、現場の道路状況からみても極めて不合理で、右の各証拠に照らして到底信用することができず、胸部を打撲したとする原告本人尋問の結果も、右の各証拠に照らし信用することができない。そして、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、被告は、本件交差点の手前で一時停止(本件交差点の約四・四メートル手前でした右一時停止は、一時停止義務を尽くしたものとはいえない。)又は徐行をせず、右方の安全不確認のまま時速約一〇キロメートルの速度で左折しようとした過失により本件事故を発生させたものと認められるから、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた物的損害を賠償する責任がある。

三  原告の受傷

原告は、本件事故により右臀部打撲、左足関節打撲捻挫、胸部打撲、頸椎捻挫の傷害を受けたものであると主張し、被告はこれを争うので、この点につき判断する。本件事故の状況は前記のとおりであり、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証の八ないし一〇、成立に争いのない甲第三号証の一ないし八、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし四、第六号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一、二、第三号証の一ないし九、一三ないし二〇、第五号証の一、二、第六号証、証人石山堅司の証言によれば、原告は、昭和六一年五月二七日及び同月二九日昭和外科病院に通院し、右臀部・左足関節部の痛み、圧迫感、手のしびれを訴え、右臀部・左足関節部の圧痛、興奮状態、過呼吸が認められ、右臀部打撲、左足関節打撲、捻挫、過換気症候群の疑いとの診断を受けて治療を受けたこと、また、原告は、同月二八日、末原外科病院に通院、同月二九日、同病院に入院し、外傷性頸部症候群、腰部捻挫、右臀部打撲、左下腿打撲捻挫傷と診断されてその治療を受けたこと、原告は更に同日田中病院を訪れて頸椎捻挫との診断を受け、同日から同年八月一〇日まで(七四日)同病院に入院、同月一一日から同年八月一三日まで同病院に通院(実日数二七三日)して治療を受けたこと、右病院において、原告は、頭痛及び頭重感、後頭部から両肩・背部にかけての疼痛、両膝・大腿部・左足部痛、耳鳴、左手・右手・左足部のしびれ感、呼吸困難などを訴え、頸部硬直、後頸部及び左足部の圧痛が認められたこと、同病院の石山堅司医師は、昭和六二年八月一三日、原告の症状は後頸部の圧痛、頸部のつつぱり、握力低下(左一八キログラム、右四一キログラム)、ジヤクソンテスト陽性、頸椎伸展二〇度、屈曲六〇度といつた所見のある頭痛及び頭重感、後頭部から両肩にかけての疼痛、耳鳴、右手及び左手のしびれ感、左手の作業時の振戦といつた後遺障害を残存させて同日その症状が固定した旨の後遺障害診断をしていることが認められ、右の事実によれば、原告は、本件事故によりその主張のような傷害を負つたものであると推認できるかの如くである。

しかし、本件事故時の状況は、前記二において認定したとおりで、被告車の事故前の速度は時速約一〇キロメートルで衝突前ブレーキをかけており、原告車の事故前の速度も時速約二〇キロメートルで衝突前ブレーキをかけているのであるから、原告は、事故前に衝突を予測しており、その衝突は激しいものとはいえず、原告が本件事故により路上に転倒したことは前記のとおりであるものの、これによつて打つた部位は臀部や左足付近にすぎないものであつて、果してその主張するような重篤な傷害を負つたものであるかどうか疑問が残るものである。しかるところ、原告は、本訴において当初は被告車の速度は時速約七〇キロメートルであつたと主張し、その本人尋問においても被告車の速度は時速約五〇キロメートルであつたものであり、本件事故により胸部も打撲したと述べ、明らかに事実に反する主張、供述をしている。そのうえ、被告本人尋問の結果によれば、原告は、本件衝突後「あいたた」と言つてすぐに起き上がつてきたことが認められ、したがつて、原告に意識障害はなかつたものと認められる(これに反する原告本人尋問の結果は措信しない。)ところ、原告は、その本人尋問において、事故後意識障害があつた旨の事実に反する供述をし、前掲甲第五号証の四によれば、原告は、右同様事実に反する説明をして田中病院における診療を受けていることが認められる。また、前掲甲第三号証の一ないし八、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし四、第六号証、証人石山堅司の証言よれば、原告は、昭和外科病院において臀部及び足部の圧痛が認められたものの、レントゲン検査上の異常や神経学的な諸検査等、原告の主訴を裏付けるに足るその他の他覚的所見は確認されていないこと、これは、末原外科病院においてもほぼ同様であつたこと、田中病院において、原告には、頸部硬直、後頸部及び左足部の圧痛、握力低下、スパーリングテスト陽性とのカルテ上の記載もあるが、カルテ及び看護記録上、レントゲン・脳波検査、CTスキヤン上異常所見が認められておらず、スパーリングテストも陰性になつたり陽性になつたり不明確で、腱反射や上下肢の萎縮・運動制限などが他覚的に認められたとする記載はなく、かえつて、不定愁訴以外にはさしたる所見の記載もなく、特訴なしの日も多く、さしたる症状の改善もないまま、頸椎及び腰椎の牽引、低周波療法、点滴などが続けられた記載となつていること、また、原告を最初に診察した昭和外科病院が過換気症候群の疑いをもつたことは前記のとおりであるところ、原告の田中病院におけるカルテ、看護記録上には、頻脈、両手のしびれの訴え、胸部圧迫感、呼吸困難の出現、神経痛の訴え、血圧低下に対する不安あり、不眠を訴えての数回の転室などの記載があり、グランダキシン、セルシン、レスミツトといつた自律神経調整剤ないし精神安定剤をかなり投与している旨の記載があること、同病院の紹介により原告を診断したかわらざき病院の医師は、原告が神経質すぎると指摘していること、原告の後遺障害診断をした前記石田医師は、消化器外科を専門とする医師で、整形外科を専門にするものではなく、原告を継続的に診るようになつたのは昭和六二年以降のことにすぎず、原告に自律神経失調症があつたか否か、外傷性の頸椎症があつたか否か、原告の症状固定日がいつであつたのか、原告の訴える症状があつたのか否か明確に述べることができず、一方で頸部の硬直があつたから症状はあつたであろうと述べ、他方で右硬直は原告の職業柄から来ているかもしれないと述べたり、いずれにしても原告の症状は軽症で、原告は非常にナーバスな人であつたと述べたりもしていること、同医師は、そもそも原告には入院の必要性はなかつたと述べていることが認められる。右の事実によれば、原告には、主訴ないしはこれに準ずる程度の所見しかなく、主訴を裏付けるに足る明確な他覚的所見はなかつたものといわざるを得ず、原告にもともと自律神経失調症があつたり、本件事故以外の理由があつて前記入通院がなされ、医師が原告の主訴のみに基づいて前記のような診断をしたりした可能性のあることを否定することができないものである。更に、証人石山堅司の証言甲第七号証、原本の存在及び成立に争いのない同第八、第一〇号証、成立に争いのない同第一一号証、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる同第一〇号証、被告本人尋問の結果によれば、原告に第五、第六頸椎の損傷があり、心神耗弱状態であるなどとする医師石山堅司名義の偽造の後遺障害診断書をもとに、自賠責保険に対し原告代理人訴外山本新三名義で保険金請求がなされたこと、原告及び訴外山本は、右の件により被告代理人に告発され、訴外山本は、有印私文書偽造、同行使、詐欺未遂により公訴を提起されたこと、原告は昭和六二年一月ころ、訴外山本とともに被告の勤務先である中学校を訪れたが、その際、訴外山本は、大川弁護士を詐称し、その名刺を差し出したこと、被告は、本件事故当時原告が勤務していた訴外谷山正一から、本訴において原告が主張しているような手当ては渡していない、原告から本訴において主張するような収入があつたことに口裏を合わせてくれと頼まれたが断つたとの話を聞いたことが認められ、右の事実によれば、原告が不当な方法で保険金ないし賠償金を得ようとしていた疑いを否定することができない。

そうすると、前記の事実から原告が本件事故によりその主張のような傷害を負つたものと推認することはできず、他にこれをみとめるに足りる証拠はないから、原告は本件事故によりその主張のような傷害を負つたものとはみとめられないものである。

四  損害

原告は、本件事故によりその所有にかかる原告車を損壊され、その買替費用として金一二万六二〇〇円を要したものと主張するが、原告車が買替を要する程度に損壊したこと、原告車の時価が買替費用を下らない価値のあつたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、前掲甲第二号証の四によれば、原告車の損傷は、左後部方向指示器擦過、ボデイ擦過に止つたことが認められる。しかるところ、原告車しの右損傷の修理に要する費用を的確に認定できる証拠もないから、原告の物損についての証明も不十分というほかない。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山下滿)

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